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【医療事故情報センターセンターニュースNo322号掲載】術後腹腔内出血をめぐる5年間の裁判から思うこと [医療事故]

医療事故情報センター・センターニュース322号に掲載されました。

「術後腹腔内出血をめぐる5年間の裁判から思うこと」(郷田)

私にとっての医療事故訴訟の原点である、Tさん・Hさんのことを、お話させてください。

 3人の男の子(当時19歳、16歳、11歳)の父親であったTさんは、今から10年以上前の夏の明け方に、息を引き取られました。享年49歳でした。
 Tさんは、某大学病院内で、転移性肝がん治療のための肝右葉・尾状葉切除術を受けたものの、翌朝に心停止となり、再開腹手術を受けるも意識が戻ることはなく、約1年半の入院の末にお亡くなりになりました。
 Tさんの妻Hさんは、学校の先生をしながら3人の子どもを育て、同時に、片道1時間の道のりをたどって、毎日のようにTさんのもとに通っていました。先輩弁護士とともにお見舞いをさせていただいた時のTさんは、気管内挿管を受けたまま痩せ細られていて、お元気な頃の写真の姿とは別人でした。

その後、証拠保全・医療事故調査・交渉と話は進みましたが、病院側は無責の一点張りでした。そうしたさなかに、Tさんは他界されました。
 翌年のはじめ、Hさん達ご遺族と、①手技ミス、②術後管理上の過失などを主張して訴訟を提起しました。

Tさんの術中出血量は6Lを超えていました。また、Tさんの肝臓には側副血行路が発達しており、それにもかかわらずグリッソン鞘が一括狭鉗・連続縫合され、術後出血をおこしやすい状態にありました。実際、Tさんのバイタル・全身状態は、術後経時的に悪化し、最終的には心停止に至ってしまいました。再開腹止血術記録には、約5Lの凝血塊が充満していたことが記載されています。
このような事情から私達は、Tさんの心停止と不可逆的な意識障害は、①不完全な止血、②術後の腹腔内出血、③出血性(循環血流量減少性)ショックによるものであり、より十分な止血、より早い再開腹止血などがなされていれば防げたのではないかと考えていました。

病院側は、術後腹腔内出血はそれほどなかったとして、全面的に争ってきました。①対処療法(輸血・輸液等)時の一時的なバイタルの回復、②各ドレーンからの排液量の少なさ、③再開腹止血術時に腹腔内に認められた凝血塊は心臓マッサージ時の出血による、④心停止は腹腔内出血によるものではなく、「少量の凝血塊が下大静脈を圧迫し、心臓への静脈還流が減少し、心臓が空打ちを繰返した」、心タンポナーデ類似の状態によるものである、等が反論内容の一部ですが、他にも「ありとあらゆる可能性」が掲げられ、争われました。
たとえば腹腔内に留置されたドレーンについて、再開腹止血術記録には大量の凝血塊により「全く機能していなかった」と記載されていますが、訴訟では、完全に機能していたが心臓マッサージ時の出血により閉塞したと争われました。
原告側が、少量の凝血塊で下大静脈が閉塞したりしないと主張すれば、Tさんの腹腔内は癒着が強く、わずかな術後出血が限局して存在することになり、僅かな凝血塊でも下大静脈を圧迫できたと反論されました。
ああ言えばこう言う式の主張反論が続き、争いに終わりが見えない時期が続きました。

提訴から2年をすぎようとした秋に、ようやく尋問(医師4名・原告本人)にこぎつけました。その際にも医師らからは、はぐらかすような発言が続きました。Tさんが代謝性アシドーシスの状態にあったことが問答に出ると、「代謝性とは断定していない、呼吸性のものなども可能性はあると思っていた」等と逃げようとし、医療記録の記載(BEマイナス14)を示されてはじめて、「そういう意味ではそうです、代謝性アシドーシスです」としぶしぶ認めるといったことです。
こうした医師らの態度を目の当たりにすることは、Hさんにとって辛いことであり、Hさんはこれまで以上に、その医師らにTさんの命を委ねてしまった自分を責め、苦しまれることになってしまいました。

手術から5年、提訴から3年後の秋に、事件は鑑定に委ねられました。けれども、杜撰かつ大学病院におもねったような内容の鑑定書が出されました。
争いの末に、翌年、補充鑑定が実施されることになりました。同時に、当事者双方から私的意見書も提出されました。病院側が提出した私的意見書は、他の大学病院の臓器移植関係部門の副部長という医師が作成していましたが、内容は病院側準備書面の焼き直しに近い、あまりにも不自然なものでした。確認をしたところこの医師は、被告医師と、海外の同じ大学の同じ科で何年も共に研究をしていたようでした。

さらに翌年に入り、ようやく裁判所から和解案が出され、最終的には和解に至りました。請求の趣旨どおりとはいきませんが、勝訴的和解といってよい内容のものでした。

この事件は、術後腹腔内出血を疑いつつも再開腹止血術を実施しきれなかったという、ある意味基本的な事案かと思います。そしてその原因は、いわゆる権威ある執刀医らが行った手術に対して、若手医師が術後出血の可能性を指摘しきれなかったとか、手術終了当日の夜中にバイタル悪化しても、深夜帯の手術開始に踏み切れなかったとかいう、ごく人間的な躊躇が原因だったかもしれないとも思います。
けれども、医師らが扱っていたのはTさんの命であり、Hさんや3人の子ども達のかけがえのない家族でした。再開腹止血術の実施にまで踏み切れなかったにしても、どうしてあと少し早く、術後出血という一番に考えられうる可能性について、より詳しい精査をしてくれなかったのかと悔やまれてなりません。

このような医療事故おこった時に、病院や医師が、医療側の適切な主張立証への尽力を超えて、なりふりかまわず、ありとあらゆる責任回避の主張を繰り広げることは、いたずらに患者・遺族らの精神的ショックや医療不信を深めるだけで、大局的にみて医療側のためにもならないことは明らかです。ぜひ、事実関係の確認と、もしも問題点があったのであれば、これを検証して再発防止につなげようという観点から、患者側の訴えにも耳を傾けていただければと願っています。
また、鑑定書・私的鑑定書などの作成によって訴訟に関わられる方達についても、同業者や友人知人が裁判で負けたら気の毒だという安易な考えに流されず、事案の内容や、訴訟まで起こさざるをえなかった患者・家族らの想いに対しも真摯に向き合い、医学的に適切な御意見を記載いただければと思います。

先日、Hさんに再会をしました。2人で年甲斐もなくキャー!っと叫んで抱き合ってしまいました。気がついたら、2人とも泣いていました。医療関係者・法曹関係者の皆で協力しあって、TさんやHさんのような思いをされる方が、一人でも減りますようにと願ってやみません。
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